茶々丸日和
白い柴犬でフリースタイル(ドッグダンス)とオビを楽しんでいます

思い出の品

茶々丸くんがいなくなって2年以上たつ。
茶々丸くんのものはどうしても整理する気にならず
膨大な量の遺品はほとんど手つかずのままだった。

しかも両親の遺品より多いのだ。
親不孝者です(^_^;)

ほんとうはこの休日にバラの鉢の植え替えをする予定にしてたけど
風が強くて消毒液を撒けないこともあり延期。
思いきって遺品の整理をした。

参加したイベントのパンフやら病院にかかったときの領収証までとってあった。
こうしてみるとどんだけ動物病院に貢献したのか!と思えるほど頻繁に検査を受けていた。
金額からみるとイベントやコンペやGCTなどに出た量の軽く10倍は超えている。
それだけ毎日が茶々丸くんの心配の毎日だったんだな・・。
これは亡くなる2日前に病院で検査してもらった結果
140211-4.jpg

GCTの模試も懲りずによく受けたものだ。
とうとう合格することができなかった。
140211-2.jpg

そして最後となったオプデスのフリースタイルのコンペ
最後まで脱走もせずに踊りきった最初で最後のライブ
なんとなくこれが最後だってわかってて
最後くらいかあちゃんの夢をかなえてあげようと思ってくれたような気がしてならない。
140211-3.jpg

洋服もすごく似合ってたのと
最後のほうによく着てたもの
そして唯一オーダーして作った浴衣など
5着だけを残した。
140211-5.jpg

頂いた写真の数々
アラシくんやモルツくんから得たものは大きかった。
トレーニングをすることでよくなったこともたくさんあるけど
犬どうしでしか学べない事ってけっこうあると思う。
それによってずいぶん茶々丸くんも楽になったのが顔からもわかる。
140211-1.jpg

そしてそんなアラシくんを怖がらせ、モルツくんと仲良くする気は皆無の
恩を仇で返すこのお方
140212.jpg
茶々丸くんがいたから今のキミがあるんだよ。


ソチオリンピック
何が驚いたって
ショーンホワイトがハーフパイプでメダルとれなかったこと。
彼がいるから平野くんも平岡くんも1位は無理って頭からきめつけていた。
ショーンホワイトが2回目滑り終わったあとでもまだ
ミスはあったけど3位には入ると思っていた。



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  1. 2014/02/12(水) 13:33:25|
  2. 茶々丸
  3. | コメント:0

一年

今日は茶々丸くんの命日でした。
思い出を写真をつなげて作りました。
3分くらいです。
よかったら見てください。




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  1. 2012/08/16(木) 18:06:35|
  2. 茶々丸
  3. | コメント:2

想ひ出

近くに用があって久々に立ち寄ってみた。

ここは茶々丸くんと
長い間トレーニングをしてきた場所
施設が移転してしまってガランとした建物には昔のおもかげはない。
120714-1.jpg

感傷にひたってるワタシに
「どうでもいいけど騅くん暑いんですけど」
と文句を言う犬がここに
120714-2.jpg

帰りの車中でシャッフルにしているipodから
茶々丸くんと踊った「キツネ狩りの歌」と「DIAMOND」が流れてきたのは
偶然にしては出来すぎてる。

夏だしさ
茶々丸くんの幽霊なら大歓迎なんだけど
015.jpg

他のオバケ関係の方はご遠慮願います。

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  1. 2012/07/15(日) 00:26:29|
  2. 茶々丸
  3. | コメント:0

元気にしています

今日から会社
家にいるより少しは気がまぎれるかな。

昨日は騅のレッスンの日だったけど
そんな気分にはとてもなれずキャンセル
先生には時間を作ってくださったのに申し訳なかったけど

昨日、斎場へ行く前に
お世話になった病院の先生に電話した。
経過などをお話したけど
先生的にも亡くなったことがどうも納得いかない様子だった。

そして夜は茶々丸の昔の写真などを
ハードディスクから掘り起こして見たりした。

私にとって初めて飼う犬だった茶々丸
どうしてもショップの店頭では買いたくなくて
ブリーダーを探す。

14年前は個人でパソコンなどなく
「愛犬の友」を買って掲載されているブリーダーに電話
何か所かかけたけどあまり感じよくなかった記憶がある。
結局広大な敷地をもっているというブリーダーのところへ見に行く。
でもブリーダーというより今考えると子犬の卸みたいな感じだった。
いろんな犬種がいたし

ちょうど2頭の柴犬が2週間くらいの差で子犬を3匹と2匹産んでいた。
どれをどう選んでいいかもわからず
お母さん犬の可愛いほうの子犬3匹のうちどれにするかと聞かれたけど
まだ目があいたばっかりでほとんど動かず
さわってもダメだと言われ決めようがなく困っていたら
ブリーダーが足に白い靴下を履いたような毛色の子をすすめてくれた。
二男だった。

それが茶々丸だった。
oitachi-3.jpg

1カ月ほどたつとブリーダーより電話がある
離乳食を食べだしたからもうひきとってほしいと
本などで2カ月か3カ月は母親のもとにいるのでは?と思っていただけにビックリしたけど
ちょうどGWで家にいるし、といそいそと引き取りに行った。
oitachi-2.jpg

そして社会化に失敗というか
ほとんど知識もなかった私は幼くして親兄弟から離された茶々丸を
犬シャイ音シャイ場所シャイのビビリ犬にしてしまった。

しかも分離不安にまでなり
アレルギーで身体のかゆみもあり
ほんとうに精神的にはストレスだらけだったと思う。

きっと
楽しいとか感じることができるようになったのは
ここ2,3年だったと思う。
それも長くはなく痴呆を発症して
最後の数カ月はもう私のこともわからなくなってた。

でも
最後に近所の病院へ連れて行ったとき
騅を診てもらう間車の助手席の下にシーツ引いて乗せておいたら
戻ってみたら運転席の下に移動していた。
まだどこにそんな力があったのだろう。

そして再び助手席の下に入れると
ぴょんと座席に飛び乗った。

病院で点滴している間だっこしていると
安心して目を閉じていたから
なんとなくだけど
私のそばにいたかったのかもしれないなぁって思った。

寝たきりにはとうとうならなかったので
老犬介護みたいな苦労はサークルの中での排泄の処理と
タオル洗いくらいでほとんどなかったけど
痴呆になってからは
茶々丸であって茶々丸でないそんな存在で私の中に淋しさがあった。

そういう意味では突然いなくなったという感じはゆるいかも。

生きてはても
日々ごつごつした骨と皮ばかりになっていく身体をさわるのが
切なかったし。

ただ、痴呆になってはいても
最後の数日のことを思い返すと
茶々丸はきっとまだ私のそばにいたかったんじゃないかなと
感じた。

今までどんなに死ぬような経験しても
生きて私と一緒にいたいというものすごい精神力?生命力でのりきってきた茶々丸だけど
今回ばかりはかなわなかった・・。

亡くなったときの
悲しそうな顔が忘れられない。
oitachi-1.jpg


茶々丸のことばかり書くと
どうしても暗くなってしまうので
明日からは
お盆休み中のことなど書いてみたいと思います。


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  1. 2011/08/17(水) 12:45:38|
  2. 茶々丸

茶々丸日和

今朝、5時に目が覚めたら
茶々丸が亡くなっていました。

私のフトンの横に設置したサークルの
一番私に近い場所ですでに身体が固くなっていました。
でもまだ身体はまだ温かかった・・。

ついに

ついにこの日が来てしまった。

お盆休みに入った
12日の夜
大量のウンをして
ちょっと最後のほうゲリっぽかったので念のため絶食させたのだが
次の日の朝からまったく食べ物を受け付けなくなり
それでもちゃんと1日3回オサンポは行くし
サークルの中で元気に動き回っていたので
まさかこんなことになるとは。

14日お墓参りから帰ると騅とともにゲリまみれ
疲れた体に鞭打って身体をキレイにして
近所の病院へ連れて行くと
また体重が減って5.6kg
MAX時の約半分・・・
もう骨と皮だけになっている。

どこか悪いのではないかということで
血液検査もしてもらったけど数値はどれも異常なし
身体を触診してもらったけど腫瘍もない
心臓もいたって元気

こうなっては先生も何が急に痩せてきた原因がわからず
あとは甲状腺の数値が前に測ったときより変わっているのかも
おちついたらそちらの数値を測りなおして
お薬の量を変えてみるとかしかないとおっしゃる。

とりあえず点滴で水分と栄養剤を入れてもらい
家でも無理やり馬肉を口におしこんで食べさせた。

あいかわらず水以外は積極的に食べない

昨日はときどきぐにゃりとへたりこむことが何度かあったが
散歩に短時間だが出すと走ったりもする。

そして最後15日の夜12時ごろ散歩に出したのが最後に元気な
姿を見たのになってしまった。


息をしていない茶々丸くんは
少し悲しそうな顔
なんでそんな顔するのだろう。

汚れた体を部分的にシャンプーして
タオルにくるんであげると生き返りそうで
もう少しで病院に連れて行こうとしてしまったくらい・・・。

ほんとうは家族だけで
ひっそり荼毘にふしてそのあと友人やお世話になった方々に知らせようと思った。
犬シャイ音シャイ怖がりだった茶々丸くんには
それが一番のように思えて

でもなぜかふと
いつも遊んでいたアモチャのメンバーだけには知らせたくなって
連絡すると遠いところからアラシくんとアラシバさんが葬儀に来てくれた。

なんとなくね
茶々丸くんが最後のお別れ言いたかったんじゃないかなと思った。
ずーーっと怖いものだらけで10歳くらいまではストレスばかりの犬生だったけど
アモチャのメンバーと遊ぶようになって
少し楽しいことも覚えたからね。


偶然がかさなって
葬儀に来てくれることができたのも考えれば不思議。

そして合同葬のつもりだったけど
犬キライの茶々丸くんを死んでまで他のワンコたちと一緒にするのは
かわいそうで最後の大出費で個別にしてもらった。

骨はとってもしっかりしていて
葬儀場の方も若いワンコかと思ったとおっしゃるくらい・・。
しっぽの先の骨や歯までしっかり残っていました。
こんなに丈夫ならもっと生きられたのになぁ。

うちに茶々丸くんを連れて帰り
汚れたタオルなどを洗っているともう涙が止まらなくなって
困っています。

いい大人のくせにビービー泣くとか軽蔑されるかもだけど
今日だけは(じゃないかもだけど)泣いていいよね?

ほんとうの喪失感は
これから来るのだろうなぁ。
今はまだ半分信じられないキモチのほうが大きい。

今まで茶々丸を応援してくださった方々
どうもありがとうございます。

しばらくは静かにそっと茶々丸を悼みたいと思っています。
おくやみのメールやお花はご遠慮させてください。
(花は騅もいるので置く場所にも困りますので)
コメントもしばらくは閉じさせていただきます。

どうか気持ちを察していただけると嬉しいです。


なんとなくですが
数日前から食べなくなったのも
本人が死期を感じていたのかなぁとも思います。

16日、お盆の送り火の日
だれかが茶々丸くんを一緒に連れて行ったのかもしれないとも思ったり

110816.jpg



ブログは無理のない程度に更新します。





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  1. 2011/08/16(火) 18:24:26|
  2. 茶々丸
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